原爆投下の目標になったのが,T字型の相生橋でした。
爆心地から300mに位置していましたが,落橋は免れました。しかし,この付近にいた人は即死状態でした。
戦後,橋は全面復旧しましたが,1983年に現在の相生橋に架け替えられました。
旧相生橋があった付近には初代相生橋の親柱(1878年建立)と石碑があります。
原爆ドーム周辺や平和公園あたりは,原爆投下前は民家や商店などが密集する繁華街でした。
原爆で破壊された街は,戦後復興し平和公園となりました。
原爆投下当時のものはほとんど残っていませんが,数少ない遺構からその当時の様子を思い起こすことができます。
その一つが,慈仙寺跡の墓石(被爆した墓石)です。
爆心地から270m。原爆で寺院は倒壊し,全員が死亡。墓石は吹き飛ばされ,散乱しました。
墓石がある地面が原爆投下前の地面で,一段上の地面は平和公園をつくるために盛り土をしています。
被爆当時の地面をとどめているのはここだけです。
なお,平和公園についての案内は,次のサイトをご覧下さい(http://www.pcf.city.hiroshima.jp/frame/Virtual_j/tour_j/guide1.html)。
今日8月6日は,70回目の「原爆の日」。
毎年,この時期に広島を訪れ,戦争や原爆の犠牲者に思いを馳せています。
今年も平和公園や原爆ドームを訪れ,平和であることの大切さを感じました。
年々,平和公園を訪れる外国人が増えているように思います。
今年はボーイスカウトやガールスカウトが多数訪れて平和学習をしていました。
日本人だけでなく,外国人も原爆について学ぶことは大切なことだと思いました。
今夜,マツダスタジアムでは「ピースナイター」があり,カープの選手は全員「86」の背番号のユニホームを着てプレーをします。
これは被爆体験の記憶が風化している危機感から企画されたものです。
カープ選手の活躍ぶりを見るだけでなく,70年前の8月6日に起こったことも思い起こしたいと思います。